雑巾道

最近の若い者は、などと言うつもりはない。老若男女問わず、駄目なのだ。
いったい小学校で何を学んできたのかと詰問したい衝動に駆られたりもするが、わが身を振り返ると、そもそも小学校での教え方がおかしかった。まったくもって嘆かわしい限りである。

雑巾なのだ。どうしようもなく雑巾である。バケツに水またはお湯を汲んでくる。干してあった雑巾を浸して絞る。そのままおもむろに机を撫でる。ええい待たれい。あいや暫く、暫くうう。

貴様は何故その湿った物体を手にしておるのだ。掃除。そう、掃除のためだ。業務に使用する机の表面から汚れを除去するためだ。汚染状況を改善し、清潔な環境を構築するためだ。それが分かっていながら、なぜその手順に疑問を抱かんのか。今一度問おう。その手にある物体によって、本当に目的が達成されるのか。水分を充填し、まさに初期化が完了したばかりでありながら、既に耐え難き異臭を放っているその物体によって何をどうする気だったのか思い返してみるが良いわっ。

嗚呼。そんな私の心の悲鳴などお構いなしに、竹村さんはおもむろに机を拭き始めるのであった。見回せば誰もがわずかな疑問すら抱くこともなく、各々の机にせっせと雑菌培養液を塗布しているのである。これを惨状と呼ばずして何だというのか。おかしいだろう。掃除という名目の下に汚染を拡大させているのだぞ。理屈抜きにしても臭いじゃないか。なんでみんな平気なんだよ。

そもそも初手から間違っている。バケツに汲んだ水なりお湯を使用する時点で、最初に雑巾を濡らす意図を把握していない証拠である。重要なのは雑巾の汚染値を初期化することだ。使用後にすすいで干したくらいでは雑巾に付着する雑菌は消滅などしない。すすぐ際にバケツ水を用いたとすればなおさらである。むしろ適度な湿気によって次回使用時までに大量に増殖しているのだ。あの異臭こそが動かぬ証拠である。そうした雑巾を何枚も何枚も浸したバケツの水が清潔などと誰が言えようか。まさに汚染の拡大再生産。悪循環の極み。何菌が何をどう醸したらあのような筆舌に尽くしがたい異臭を放つのかは定かではないが、うぶ、思い出したら気分が悪くなってきた。

雑巾の初期化には流水を使用すべきである。お湯が望ましい。雑巾を徹底的にすすぐべきは、使用後ではなく使用前なのだ。すすいで、すすいで、すすぎまくって、鼻先二センチまで近づけても平気なまでにすすいで、初めて雑巾は使用可能になるのである。すすいでなお指先で摘まざるを得ないような雑巾で机を拭くなど、私は御免被る。

そして拭き方も重要だ。湿った布切れで机を雑に撫でたくらいでは、埃程度なら除去できるかもしれないが、良く見ればべったり付着している手垢には歯が立たない。雑巾を構えた腕に体重を掛け、拭くのではなく拭うつもりで身体ごと動かすのがコツである。無論洗剤を使えば早い。しかし毎回毎回そこまで大掛かりにやる訳にもいかないだろうし、何よりも基本を押さえず安易な手段に頼っていては雑巾道を極めることなど夢のまた夢である。

雑巾道は厳しく険しい。各々精進して頂きたい。


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